「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第46話
領主の館訪問準備編
<正体不明で意味不明>
カロッサ子爵邸の応接間。そこでは難しい顔をしたこの館の主人であるエルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵が自分の騎士であり、情報管理を任せているリュハネンと対峙していた。
アンドレアス・ミラ・リュハネン
少し赤めのウェーブの掛かった金髪とダークブルーの切れ長の瞳が印象的なこの男は、カロッサ子爵に仕える騎士のまとめ役(と言っても正式な騎士があと一人と騎士見習いの三人の計五人しか居ないが)で、領内にある村で起こった諸問題を担当する立場にもある。と言ってもそんな事を彼ひとりだけでできる訳もなく、実は各村に一家族ずつ何か問題が起こった時は彼に報告をするようにと指示された者たちが住んでいた。また館での情報管理も彼一人で行っている訳ではなく、平民出身のメイドの立場ではあるものの、そこそこ優秀な女性が居たのでそのメイドを補佐として使っている。
彼は詳しい資料を持ってくるようにとそのメイドに指示を出すと、それを待つまでの間に子爵の要望に答える為、自分の覚えている範囲の説明を開始する。
「まず40日ほど前に起こった、エントの村に奇妙な服を着た商人を名乗る女性が現れた話です。これに対応したのは三人。一人は農作業中の男で、後二人は村長夫妻です。その他に村の中にて村長の家の場所をを聞かれた者がいますが、その者は除外しております」
除外した理由は道を聞かれただけの者からは何の情報も得られなかったからだ。それはそうだろう。特殊な訓練を積んでいるのならともかく、ただ通りがかりに道を聞かれただけの相手を覚えている者などそうはいるものではない。
一応着ていた奇抜な服と彼女がやたらに可愛かった事は覚えていたようだが、その程度の内容では情報とはとても呼べないし、その目立ちすぎる特徴のせいでその他の情報は陰に隠れてしまってその女性の行動で不審な点があったかどうかさえその村人は覚えていなかったのも、数少ない接触者であるその村人を情報源として除外した理由の一つだった。
閑話休題。
「まず農作業中の男の話ですが、村周辺では見かけない、やけに派手で奇抜な服装の怪しい女性が居たので一度は見て見ぬ振りをしたそうです。これがいくら奇抜な物だとしても普通の服装ならばそのような判断はしないそうですが、遠くから見ても解るほど着ている服が上質な物だったので、あまりにも自分とは身分の違う者なのだろうと感じ、領主であるカロッサ子爵邸への訪問者であろうと考えたからだそうです」
「それほどの物だったのか?」
単純に農民が着ている服と町で暮らしている商人とでは着ている服の質が違う。しかし遠目で見てはっきりと上質な物だと解るほどの物となると、それはかなりの物と言う事になる。
「はい。その者の話によると使われている生地は、見た事も無い程上質な物だったようです。絹以上の光沢を持つ布で作られており、縫製もかなり腕のいい職人の手による物だと解る程すばらしい物だったそうです。また、何で染められたのかは解りませんが鮮やかな桃色で、これは村長からの情報なのですが、レース織りの生地を使ったフリルがふんだんに使われていたそうです」
「は? レース生地だと? そんな高級なものを使ったドレスを着て村を訪れたと言うのか?」
「はい。それも歩いて訪れたとの事です」
カロッサ子爵は考える。信じられない話だ。
レース織りの生地と言えば宮廷などのパーティーに出かけるご婦人たちの中でも大貴族やお金のある大商人の夫人や娘くらいしかドレスに使えないほど高価なものだぞ? そんな高価なものを使ったドレスを着て外を歩くなど、とても正気の沙汰とは思えないからだ。
「ただ、デザインは外で行動する事を想定した作りらしく、スカートは膝上まで。袖も上腕までの半そでで、その代わり手にはひじまでの長さの手袋を、そして足は膝下まであるブーツを履いていたそうです。ただ、ヒールは高めのものだったようですが」
「なんだそれは? 高級な素材を使った外出着だったとでも言うのか?」
どう言う事だ? 説明を詳しく聞けば聞くほどよく解らなくなる。
石畳で舗装された帝都ならともかく、このような土地で身に着ける外出着ならば普通、土ぼこりや泥跳ねを気にする必要の無い物を選ぶだろう。しかしレース織りの生地は繊細で、もし泥が跳ねて染みになってしまえばもうお仕舞いである。いくら技術のある職人でも染みを抜こうとすれば生地は痛み、もう使い物にならなくなる事だろう。それなのに、わざわざレースを使った外出着を作り、着用しているとは・・・頭がおかしいのではないか?
「これについては、この後の村長宅での話である仮説が出ております。説明を続けても宜しいでしょうか?」
「うむ」
理由が解ると言うのであれば話の続きを聞くべきであろう。いくら考えても答えは出なさそうだからな。
「では続けます。この女性ですが、この農作業中の者に自分は他国から来た商人だと名乗り、」
「ちょっ、ちょっと待て! 商人のわけが無いだろう」
そんな物の価値を知らぬ商人などいるわけが無い。もししたとしたら周りの商人たちの手によって、その者は1年と経たずに破産してしまう事だろう。
「はい、解っております。話を続けても宜しいでしょうか?」
「うっうむ。話の腰を折ってすまなかった。続けてくれ」
どうやらリュハネンはその程度の事はちゃんと理解していて話を進めてくれているようだな。これは、変に話の腰を折らすに報告を聞くのが正解のようだ。
「その女性は自分の事を商人だと名乗り、少々遠くの国から来たのでこの地域の地理に疎いと話し村の位置を聞いたそうです。また、その時にこの館を目指しているのかと言う村人の問いを明確に否定をしていたそうなので本当に村の位置が解らず、見かけた村人に声をかけたのだと考えられます」
「待て待て待てっ! それでは何か? その者はかなりの価値のあるドレスを着て、尚且つ馬にも馬車にも乗らず、更には自分が今現在どこに居るのかも解らずに歩いていたと言うのか?」
「はい、そのようです」
いかん、話の腰を折るまいと思ったそばから折ってしまった。しかし、それも仕方がないだろう。こんなありえない話を聞かされてはな。
一体どのような事が起こればその様な場面が出来上がるのだ? これが馬車で通りがかったと言うのならばまだ有り得ない話ではないかも知れないが、たった一人歩いていたと言うのでは本当に何がどうなってそのような状況になったのかさっぱり解らん。
「この状況がなぜ生まれたかはあまりに情報が少なすぎて私にもまるで解りません。ですから考えても仕方のない事でしょう」
「うむ、そうだな。すまん、話を続けてくれ」
確かにその通りだ。よほどの事情や原因があるのかもしれないが、それが解らないのだからこれも考えるだけ無駄だろう。
「では話を続けます。この後、この女性は村長宅を訪問します。その理由はどうやらこの周辺地域の情報収集だったようです」
「情報収集? ではその者は他国の密偵か何か・・・な訳は無いか」
それならば普通は目立たぬように行動するはず。このような人目を引く奇抜な服装をわざわざしている筈がない。
「その通りです。服装や行動が目立ちすぎておりますし、何よりこのような辺境を偵察した所でなんの利も無いでしょう。事実この女性はこの国の者、と言うよりこの周辺諸国に住むものなら普通に知っているであろう事ばかりを聞いてきたそうです」
コンコン
そこまで話したところで、先ほど資料を取りに行ったリュハネンの補佐をしているメイドが資料を持って帰ってきた。
「ちょうどよかったです。おい君、資料の中に村長宅で女性が質問した内容を記した羊皮紙があるだろう。子爵にお渡ししろ」
「畏まりました」
リュハネンの指示に従い、メイドがいくつかの羊皮紙の束の中から質問内容が書かれたものを手渡してきた。そこでざっと目を通したのだが・・・貨幣価値に周辺地理か。確かにこれと言って特別な事を聞いたと言う訳ではないようだな。
「読んで頂ければ解るとおり、聞かれた内容は通貨の種類と両替比率。手持ちの金貨がこの国でも使えるかどうかと、エントの村で宝石が換金可能かどうか。近くの町までの距離と周辺の情勢。そして村に周辺地図があるかどうかです。後は我が国とリ・エスティーゼ王国が戦争をしている話や村周辺に危険なモンスターがいるかどうか、村長夫婦は魔法を見た事があるか等の情報も雑談の中での会話で出たそうですが、それらはあちらからの質問ではなく話の流れから出た内容なのでこの女性が知りたかった内容ではなかったのではないかと推察されます」
なるほど、この内容からすると本当にこの周辺諸国の情勢を知らない者が通りかかった村で話を聞いたと言う印象を受ける。と言う事は本当に遠い異国から訪れたと言う事なのだろうが、ならばなぜその様な場所に?
再度その奇抜な服装をした女性がなぜその場に居たのかが気になりだしたところで、リュハネンがそれ以上に気になる事を言い出した
「そしてここからがこの村で起こった一番の問題です」
「ん、何だ? その女性が村長たちの会話の後に何か問題を起こしたのか? この話の報告を前に聞いた時は特に大きな事件は無かったと記憶しているが」
正直、ライスター殿の報告が無ければ忘れていたほど小さな事件だ。同時期に起こったボウドアの事件と今回の報告を受けて、もしかしたら何か関係があるかも知れないと考えて念の為話を聞こう思わなければ思い出す事も無かっただろう。
「はい。あの時点では発覚していなかった事柄です」
と言う事は、事後調査で解った新事実があったと言う事だな。
「この村長宅での話には続きがありました。この女性は村長宅を立ち去る時に情報のお礼だとある物を村長に渡しております」
「その物が何か問題のある物だったのだな。一体何を渡されたのだ?」
村長夫妻とその女性は終始友好的な話し合いをしていたようだし、話の流れからすると危険物を渡されるような事はなさそうなのだが? そう思っていた所、リュハネンから告げられたのは確かに危険なものではなかったのだが、かなり奇妙と思われる物だった。
「はい。その女性は村長に一つの小さな宝石を手渡して帰って行ったそうです。それを見た村長は正確な価値は解らないものの、この地に住むものなら誰もが知っている程度の常識的な事しか教えてはいないのに宝石のような高価な物はもらう事ができないと考え一度は断ったそうです。しかしその女性が感謝の印だからと笑顔で手渡してきたので、それではと受け取ったそうです」
「情報のお礼に宝石をだと?」
確かに奇妙だな。情報のお礼と言ってもこの程度の物ならせいぜい銅貨数枚、奮発しても銀貨一枚程度がせいぜいだろう。宝石となるとあまり価値の無い物でも金貨40枚はする。いや、大きな傷がある物ならその半分くらいになるかもしれないな。しかしそれでも金貨20枚程度。報酬と言うには高すぎるものだ。
「おおなるほど、それで合点がいった。アンドレアスよ、その者はレース編みの生地を外出着に使えるほど裕福な、大金持ちゆえの世間知らずだったと言うのだな。確かにその程度の情報のお礼にと金貨20枚程の価値がある物を渡すくらい裕福な者ならば、それだけのドレスを外出着として使っていてもおかしくは無いか」
「子爵、残念ながら違います」
ん、違うとな?
「何が違うと言うのだ? どう考えても物の価値が解らぬほど世間を知らぬ者だとしか思えないのだが」
「確かにそれはそうなのですが、その規模が、スケールが違います。その女性が置いていったのは小さな”紅い”宝石でした」
紅? 白や緑ではないのか?
「そして後に調べた所、それがルビーだと言う事が解ったのです」
なっ!? てっきり大きな傷のあるオパールやペリドットか何かだろうと思ったのだが紅い宝石、それも事もあろうにルビーだと!? そんな馬鹿な事があるはずが無い!
「ルビーだと! 間違いないのか? ファイヤー・オパール、いや室内で渡されたのだからアレキサンドライトと見間違えたのではないか?」
「いえ、村長から買い取ると言う名目で預かり、私が確認しましたが間違いなくルビーでした。それも曇り一つ、小さな傷一つ無い素晴らしい物です」
「馬鹿な、ルビーが・・・それほどのルビーがその程度の情報の報酬だと? ルビーと言えばダイヤモンドに匹敵するほどの価値がある宝石だぞ」
自分の価値観からすると、それが本当にそれほどすばらしい一品ならばたとえアレキサンドライトだとしても破格の、いや、破格と言う言葉程度では言い表せない程のとんでもない報酬だろう。実際このような僻地では領主の自分ですら目にする事がほとんど無いほどの価値のあるものなのだから。しかしその者が置いていったものはそれより遥かに価値のあるルビーだと言う。
「一体何者なんだ、その女は?」
「残念ながら、エントの村に訪れたこの女性は自分の事を異国から来た商人だと自己紹介しただけで、名前を名乗っておりません」
名乗らずに立ち去ったのか。これは意図しての事なのか? いや、この場合はただ単にこの村をもう一度訪れる事は無いだろうと判断したからと見た方がいいかもしれないな。それでなければそのような奇抜な服装で来る筈がない。
「しかし、村長夫妻からの聞き取りで外見的特長は解っています。身長は村の女性たちに比べて少し低い程度、髪は肩甲骨くらいまでの長さのセミロングで美しいプラチナブロンドだったそうです。また、瞳の色は渡されたルビーのように綺麗な紅色で顔はとても美しく、気品のある顔立ちをしていたそうです。年齢ははっきりとは解りませんが大体18〜20才、肌のキメの細かさからするともしかしたらもっと若いかもしれないとの事ですが、その立ち振る舞いはかなり洗練されており、かなりの教養を感じさせたとの事です。村長夫妻は、このような美しい、さぞかし良い家の出であろう娘がなぜ一人でこんな村に? と疑問に感じたと、聞き取り資料には記されています」
「確かに若いな。そんな娘が情報のお礼にと、ルビーを渡したのか」
そんな若い娘がそれほど高価なものをポンと人に渡してしまえるものなのか?
「はい。また、この情報からこの女性の特徴がボウドアの村に現れた者の一人の特徴と合致しました」
「おお、と言う事はこの女性の素性も解っているのだな?」
エントの村と違い、ボウドアの村に訪れた者たちの素性と名前は確か解っていたはずだ。
「この女性と特徴が合致したのはボウドアの村を救った一団の所属する国、都市国家イングウェンザーの支配者を名乗るアルフィン姫だそうです」
「なに!?」
まさか一国の姫だというのか? いや、支配者と言うのだから女王なのか? そんな者が辺境の村に護衛もつけずに一人で現れたと? だが、それほどの身分の者なら高価な宝石を軽い気持ちでお礼に渡したと言われても不思議ではないが・・・。
まて、エントには徒歩で現れたとの事だが、ボウドアへはどうやって来たんだ? やはり徒歩か? もしそうなら何か特別な移動手段があるのかもしれん。それならば一人で現れたと言う話も納得が行くというものなのだが。
「念の為聞くが、その姫はボウドアの村にも徒歩で現れたのか?」
「いえ、ボウドアへは輝く鎧をつけた軍馬が引く四頭立ての大層豪華な馬車で訪れたそうです。また、この時は執事とメイドを連れての訪問だったようです」
なんと、ボウドアへは馬車で訪れたと言うのか? 解らん。ではなぜエントには一人で、それも徒歩で現れたのだ?
「もしかしてエントの村へ訪れた時も近くまで馬車に乗って来て、そこから供の者たちと別れて一人で訪れたのか?」
「いえ、それは無いでしょう。私が子爵と共に馬車でどこか見知らぬ国の村の近くを訪れたとします。そこでもし子爵が一人で村を訪れたいからここで待てと言われたとしても、けして行かせる事はないでしょう。もし何かあった時にお守りする事が出来ませんから。子爵と私の関係ですらそうなのですから、一国の姫がそのような我侭を申したとしても、家臣がそれを許すとは思えません」
確かにその通りだな。と言う事は、考えられる可能性は一つと言う事か。
「馬の休息時に護衛の目を盗んでの馬車から脱走したか。うむ、この姫の情報から見て取れる印象や見た目の特徴からは少々考えにくい話ではあるがな」
「はい、かなりのおてんば姫と言う事なのでしょう」
さぞかし家臣たちは慌てたことだろうな。人事ながら気の毒に思い、またその光景を思い浮かべて笑いがこみ上げるカロッサとリュハネンだった。
あとがきのような、言い訳のようなもの
はじめてイングウェンザー勢が一度も出ない話です。また来週も出ません。(多分ですが)そんな話ですが、お付き合いくださると幸いです。
今回の話で出てきた宝石の値段についてですが、ルビーは私が見つけられたネット上のD&Dルールで宝石の中では一番価値のあるダイヤモンドと同等の価値があり、アレキサンドライトの15倍、ファイヤー・オパールの7.5倍の価値があります。そんなものを渡したのですから子爵が驚くのも無理ないですね。
改めてアルフィンの行動を再検証するととんでもないです。これで商人を名乗るとは片腹痛いw まぁ、この世界を知らない頃の話だから仕方が無いんですけどね。
次に、これは本来先週書くべきだった話なんですけど、あとがきに書くのを忘れていたので今更ながら説明をば。
本編中カロッサ子爵はアンドレアス・ミラ・リュハネンの事をアンドレアスとファーストネームで呼んでいます。しかし台詞以外では彼の事をリュハネンと表記しています。これはガゼフ・ストロノーフの事を国王がガゼフと呼び、他のものがストロノーフ殿と呼んでいるのでこのようにしています。でも、ちょっと解りにくいかなぁ。
最後に、来週ですがハーメルンの方はいつもどおり日曜日に更新できると思うのですが、昨日の日曜日に用事があって何も書けず、今週土日は出張が入っているので新作の方はちょっと日曜までに完成させられないと思います。
なので、すみませんがこちらの47話は3連休の最終日である18日の月曜日の更新になると思います。少しお待たせしますが、御許しいただけるとありがたいです。